柳澤桂子『二重らせんの私』(ハヤカワ文庫)
動植物に身体を使って触れると同時に、生物にたいして知的な関心も抱いていた少女時代を軽く導入として、著者が米国コロンビア大学院で過した3年間を中心に、「学ぶことの充実」が語られる。著者自身の研究や周囲の世界トップレベルの研究者が達成する新しい成果を、DNAなど分子生物学の歴史も織り交ぜながら分かり易く書いてくれてもいる。柳澤桂子については、病に倒れた事で研究者としての道を絶たれ、科学エッセイなどの著述活動を始めた人である、ということくらいしか私は知らなかった。また、この本でも病気についてはほとんど触れられていない。現役の第一線の研究者であったならば、輝かしい学生時代を振り返るのは喜ばしいことかもしれないが、研究を断念した著者にとって、かつての生活の礎となった大学院生活は、単純に有難い思い出ではないはずだ。しかし、ここに語られるのは幸福な学究の日々である。エピローグにはこんな一節がある。

私は敗北した科学者として、科学に苦しめられたものとして、それでもなお科学を愛してやまない者として、科学と人間存在について多くの方々に真剣に考えていただきたいと強く願うものである。

夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか』(NHKライブラリー)
NHK教育「人間大学」のテキストを下に書かれた本。マンガの文法について、簡潔に書かれている。描線、吹き出しオノマトペ、コマという、基礎的な部分について、技術的な面に焦点を絞って書かれているので、語り口調の文章と相俟ってスラスラ読める。たとえば四方田犬彦『漫画原論』でも漫画の技法を中心に書いてあるが、引用される作品のストーリイや社会的文脈への言及がやはり入り込んでいて、それが『漫画原論』に広がりをもたらすとともに、シンプルさを損なう結果になっているが、この本はそれとは対照的だ。