「昔は二千円以上の本を買うとき、なんらかの躊躇の気持ちがあった。/『この本一冊と文庫本数十冊とどっちが得か』/『この本一冊とそうでない本百冊とどっちが支えになるか』」
こんな迷い方をする人に悪い人はいない。そう思う。特に「どっちが支えになるか」という判断基準を持ち出しているところに、深甚なる共感を覚えた。この部分からだけでも荻原氏が本をどのように読んでいるか、本へのすがりつき方、というと大きな語弊があるかもしれないが、つまりは本と向き合う姿勢というか、そういったものの一端が伺えるだろう。尾崎一雄辻潤鮎川信夫小林秀雄など、色々な作家や本が紹介されているけれど、どれもが荻原氏の生活や生き方と密な関わりを持っている、必然性をもった文章になっている。だから、ここに出て来た作家や作品を私も読んでみたい、という気持ちも以上に(そうした気持ちももちろんあるのだが)、著者にとっての尾崎一雄辻潤のような作家とは、私にとっては誰なのか、ということを考えたくなってくる。それは今までに読んだ作家でも良いし、いまだ手にした事の無い作家でも構わないだろう。

吉本隆明の独創性・本質をその経歴から探り、年代ごとの代表作を取り上げながら、独創性・特性がどのように一貫して流れているかを概説。途中ところどころに、また終章を割いて、橋爪(の社会学)と吉本隆明との影響関係について触れてある。独創性とは、まず、科学と文学、論理と感性の両方を高いレベルで、生まれつきの資質も含めて、備えているという点。そして、戦争を体験しての、反権力の姿勢。それも極度に徹底化された形の。それと同じことだが、大衆への志向。吉本隆明の同時代の知識人との対比や、欧米の思想の動向とシンクロしている部分を取り上げ、また活躍した時代の社会状況(学生運動反核運動など)にも触れ、外側から吉本隆明を描こうとしている。一番痛い点は、定価720円は明らかに内容量と釣り合わないことだろう。私も250円の古本でなかったら買っていなかった。興味を持っているけど、主要著書の名前くらいしか知らないというレベル(私のことですが)の人ならば、そこそこ楽しめるとは思う。ついでに橋爪大三郎に興味があるならなお良し。