阿部和重無情の世界』(新潮文庫)
阿部和重初体験。面白かった。すらすら読める。(町田康と比較してみること。著者や語り手の倫理観はどうか。壊れていそうで実は非常に強固な論理や日常性への固執を内包していないかどうか。)
村上春樹『村上ラヂヲ』(新潮文庫)
著名な作家であれば、文章の中で自分語りをしてしまって構わない。否むしろ自分を語ってくれる事、実生活を語ってくれる事を読者は期待しているといえる。でも著名な作家はしっかりと、役立つかどうかは別として、ひとまとまりの情報を文章に挟み込む。このエッセイ集でも結構うんちくが語られている。(ドーナッツの穴はいつ誰が発明したか/「真っ赤な嘘」というけどどうして嘘は赤いのか)ご存知ですか? というベタな語りかけを用いながら。
薀蓄ならぬ含蓄があるのは「恋している人のように」と題された1編。若い頃にためこんだ「感情の記憶」が後々の人生を暖めてくれるのだ、というはなし。「感情の記憶」とは狭い意味では恋愛の経験を指しているが、もう少し緩い意味では音楽や本や旅行体験も含まれるように思う。これに関連してもう1編、「まあいいや」は、著者の文章では御馴染みの容姿(顔)についてのはなしだが、彼が自分の顔にどうして納得して生きていられるか、それは人生の中で自分のことを好いてくれた女性たちとの幸福な思い出があるからだ、と書いている。つまり感情の記憶とは、完成された技術や知識として取り込んだものに対置される、自分の頭と身体を使った試行錯誤の末に掴み出された固有の記憶、を指すのだろう。